東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)119号 判決 1986年7月31日
原告
東洋製罐株式会社
被告
特許庁長官
右当事者間の昭和56年(行ケ)第119号審決(特許出願拒絶査定不服審判の審決)取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
特許庁が、昭和56年3月18日、同庁昭和50年審判第1908号事件についてした審決を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担する。
事実
第1当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。
第2請求の原因
原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和46年8月29日、発明の名称を「透明容器の製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和46年特許願第66147号)をしたところ、昭和49年11月8日拒絶査定を受けたので、昭和50年3月8日これに対する不服の審判を請求する(昭和50年審判第1908号事件)とともに、昭和55年8月14日に明細書の補正をしたが、昭和56年3月18日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は、同年4月13日原告に送達された。
2 本願発明の特許請求の範囲の記載
多層押出し法によってポリプロピレン層およびエチレン―ビニルアルコール共重合体層を含む多層パリソンを形成して、これを急冷し、次いでこの多層パリソンの温度を140~170℃の温度に調節し、このパリソンの一端を密封し、このように一端で密封されたパリソンをその軸方向に機械的に延伸し、且つこの延伸されたパリソン内に正圧の流体を吹込むことによつてブロー成形することを特徴とする透明容器の製造方法。(別紙図面参照)
3 本件審決理由の要点
本願発明の要旨は、前項記載のとおりと認められるところ、オランダ国特許出願公開明細書第6504912号(以下「第1引用例」という。)には、ポリプロピレンその他の結晶性の熱可塑性合成樹脂と該樹脂の結晶融点以下の温度で溶融する熱可塑性樹脂とで多層チユーブを押出成形し、前記チユーブを前記結晶性合成樹脂の結晶融点以下の延伸適温に加熱し、成形型によつて前記チユーブの一端を密封するとともに軸方向に延伸し、この延伸されたチユーブ内に圧縮空気を吹き込んで二軸延伸された多層容器をブロー成形する方法が記載されており、特公昭45―32159号特許公報(以下「第2引用例」という。)には、ポリプロピレンその他のポリオレフイン樹脂とエチレン―ビニルアルコール共重合体樹脂とを同時押し出しすることによつて積層フイルムを押出成形し、該フイルムを必要に応じては延伸もしながら熱処理するようにした耐ガス透過性、耐透湿性の包装用フイルムの製造方法が記載されている。
本願発明と第1引用例記載の方法とを比較すると、多層押出法によつてポリプロピレン層とその他の熱可塑性合成樹脂層を含む多層パリソンを成形し、この多層パリソンをポリプロピレンの延伸可能温度に加熱し、このパリソンの一端を密封し、密封されたパリソンを軸方向に機械的に延伸し、かつ、この延伸されたパリソン内に正圧の流体を吹き込むことによつてブロー成形するようにした容器の製造方法である点で両者は一致しており、(1)多層パリソンを押し出した後に、第1引用例記載の方法では、急冷しないのに対し、本願発明では、急冷して容器に透明性を附与するようにしている点及び(2)ポリプロピレン層と積層する樹脂及び成形温度値について、第1引用例記載の方法では、特に特定していないのに対して、本願発明ではエチレン―ビニルアルコール共重合体樹脂を積層し、140℃ないし170℃に加熱するよう限定している点で相違している。そこで、上記相違点(1)について検討すると、延伸ブロー成形において、結晶性熱可塑性合成樹脂の押出溶融パリソンを急冷し、次いで、延伸適温に加熱しブロー成形することにより、透明な容器を成形することは、本願発明の特許出願の日前より普通に知られていることであつて(特公昭39―3974号特許公報及び特公昭44―25478号特許公報参照)、相違点(1)は、周知の技術事項から当業者が必要に応じて容易に実施できるものである。次に、相違点(2)について検討すると、ポリプロピレンの結晶融点は、176℃であり、140℃ないし170℃の温度はポリプロピレンの延伸適温として普通知られているものであるから、第1引用例記載の方法において、結晶性の合成樹脂としてポリプロピレンを用いた場合には、多層チユーブを140℃ないし170℃に加熱すること、及びポリプロピレンに積層すべき熱可塑性樹脂として、140℃ないし170℃の間に融点を有するか、若しくは軟化点以上の成形可能温度を有する樹脂を用いなければならないことは、当業者として普通に予測できることである。ところで、エチレン―ポリビニルアルコール共重合体樹脂として、140℃ないし170℃の間で成形可能温度を有するものは普通に知られており、また、耐ガス透湿性のフイルムとしてポリプロピレンとエチレン―ビニルアルコール共重合体樹脂とを積層することは第2引用例に記載されており、これをブロー成形容器の材料として用いようとすることは、当業者として容易に想到し得るところである。したがつて、相違点(2)は、第1引用例及び第2引用例記載の技術事項から当業者が容易に推考し得るものである。
以上のとおりであるから、本願発明は、第1引用例及び第2引用例に記載された技術事項から当業者が容易に発明をすることができたものであつて、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
4 本件審決を取り消すべき事由
本件審決は、本願発明の要旨の認定を誤り、又は右認定を誤らなかつたとしても、本願発明と第1引用例及び第2引用例記載の発明との構成及び作用効果上の差異を看過した結果、本願発明をもつて第1引用例及び第2引用例記載の発明から容易に発明をすることができたものであるとの誤つた結論を導いたものであるから、違法として取り消されるべきである。すなわち、
1 本件審決は、本願発明の要旨について、ポリプロピレン(以下「PP」という。)層及びエチレン―ビニルアルコール共重合体樹脂(以下「EVAL」という。)層の両者を延伸する旨認定しているものと解することができるところ、そうであるとすれば、本願発明をもつて第1引用例及び第2引用例記載の技術事項から容易に発明をすることができたものであるとした本件審決の認定判断は、次に述べるとおり誤りというべきである。
(1) 本願発明の要旨について
本件審決は、本願発明の要旨について、PP層及びEVAL層の両者を延伸成形するものである旨明言してはいないが、PPに積層すべき熱可塑性樹脂として、140℃ないし170℃の間に融点を有するか、若しくは軟化点以上の成形可能温度を有する樹脂を用いなければならない旨判断し、熱可塑性樹脂の融点と軟化点以上の成形可能温度とを区別し、右の温度範囲において溶融成形になるものと延伸成形可能になるものとを分けて観念している。ところで、本件審決は、本願発明に用いるEVAL層に関しては、EVALとして140℃ないし170℃の間で成形可能温度を有するものは普通に知られており、また、耐ガス透湿性のフイルムとしてPPとEVALとを積層することは第2引用例に記載されており、これをブロー成形容器の材料として用いようとすることは、当業者として容易に想到し得ることである旨判断し、EVALの成形可能温度についてのみ言及している。そうすると、本件審決は、EVAL層については、140℃ないし170℃の範囲に融点ではなく軟化点以上の成形可能温度を有するもの、すなわち、延伸適温が右温度範囲内にあるものは普通に知られているとし、このようなEVAL層とPP層の積層パリソンを用いた延伸ブロー成形は想到することが容易であると述べていることになる。したがつて、本件審決は、その記載自体をみる限り、本願発明がEVAL層とPP層とも延伸する方法であることを前提にしているものと解することができ、そうであるとすれば、本件審決の本願発明の要旨の認定は正当である。しかるに、この点に関し、被告は、本願発明の明細書中に、本願発明に用いるEVALについて、「ビニルアルコール含有率が30~70モル%の程度のもの、特に気体(酸素)透過バリヤー性が要求される場合は50~70モル%の程度のものが望ましい結果を得るものである。」(甲第2号証の2の(イ)の第4頁第11行ないし第14行及び甲第2号証の3の3頁第7行ないし第11行)との記載があることをとらえ、このようなEVALのうちビニルアルコール含有率の低いものには、融点が140度に達せず、本願発明の温度条件下で溶融成形となるものが存することは否定できないから、本願発明がEVAL層を溶融する場合を含むことは否定できないところであり、本件審決は、本願発明の要旨について右の趣旨の認定をしたものである旨主張するところ、本件審決は、前述のとおり、融点と軟化点以上の成形可能温度とを意識して区別しつつ、EVALについては140℃ないし170℃の間で成形可能温度を有するものが知られているとし、これをブロー成形容器の材料として用いようとすることは、当業者として容易に想到し得る旨述べているだけであつて、140℃ないし170℃の間に融点を有するものが知られている旨述べているわけではないから、本願発明はEVAL層の軟化点以上融点以下の成形可能温度で積層パリソンをブロー成形するものである旨認定しているものというべきである。なお、EVALのうちビニルアルコール含有率が30モル%程度のものには、示差熱分析(DTA)又は差動走査熱量分析(DSC)による測定融点が140℃未満のものも存することは、被告主張のとおりである(甲第4号証、乙第1号証、第5号証及び第7号証)が、これらの測定値は、融点についての一応の目安にすぎず(甲第9号証、第10号証の1ないし5、乙第1号証及び第6号証)、測定値は測定条件によつて異なるから、条件を示さない文献の記載は必ずしも信用できず、(乙第7号証の第1図に示されたVAモル%とピーク温度との関係参照)、一方において、測定時の昇温速度を大にして正確性を高めるようにした甲第14号証の実験結果によれば、ビニルアルコール30モル%程度のEVALでも、測定融点値が140℃を上回るものが存するのであつて、本願発明の明細書中に用いるEVALのビニルアルコール含有率が30モル%ないし70モル%と記載されているというだけの理由によつて、本願発明の要旨認定が被告主張のとおりであると解すべき理由はない。かえつて、本願発明の明細書に掲げられているすべての実施例は、EVAL層をも延伸するブロー成形方法であり、同明細書には、積層パリソンを二軸配向させるとか、二軸に配向されたPP層とEVAL層の積層体からなる透明容器が得られるなどの説明があるのであつて、PP層のみを延伸してもよく、それで足りるという趣旨をうかがわせる記載はないから、本願発明の要旨についての本件審決の認定を被告主張のように解さなければならない理由はない。
(2) 本願発明の進歩性について
本件審決の本願発明の要旨の認定が前述のとおりであるとすれば、本願発明は第1引用例及び第2引用例記載の技術事項から容易に発明をすることができたものとはいえない。すなわち、第1引用例は、外層となるPP層やその他の各種樹脂層の均一延伸目的のために、右の層よりも融点の低い合成樹脂材料を特に最内層とし、右の最内層を溶融し、外層を均一に延伸成形する技術的思想を開示しているだけであつて、EVAL層を設けること、EVAL層と特に選んだPP層とを積層した層構成にすること、積層の全層を延伸ブロー成形すること、EVAL層にPP層を配することによつて一般に延伸成形の至難なEVAL(乙第2号証)の層をも延伸ブロー成形をすることができることについては何らの開示もない。これに対し、本願発明は、積層体中にEVAL層を必ず設け、これを特にPP層との組合せからなる積層体パリソンにすると、この層構成によつて、延伸至難なEVAL層をも含めた全層の延伸ブロー成形が可能であることを明らかにしたものであるから、これらの点において第1引用例記載の発明と相違することは明らかである。ところで、成形可能温度が140℃ないし170℃の間にあるEVALは普通に知られており、第2引用例にPPとEVALとの積層構造が記載されていることは、本件審決の認定するとおりであるが、右の技術事項と第1引用例記載の技術事項とから本願発明が容易に想到し得るということはできない。すなわち、普通に知られている140℃ないし170℃の範囲内に軟化点以上の成形可能温度を有するEVALであつても、その延伸成形が至難であることは一般に知られているのであつて、右のEVALが公知の耐酸素透過性に優れた樹脂であるというだけでは、特にEVAL層とPP層とを組み合わせた積層パリソンにするときはEVAL層の延伸が可能になるとの技術的思想に達することはあり得ない。また、第2引用例は、EVALとポリオレフインの溶融押出法による積層フイルムは、両層のヒートシール性が悪く、両者のヒートシール境界で破損しやすいところ、EVAL層を一定範囲の温度に熱処理すれば、右破損が妨げられるとの技術的思想を開示しているだけである。このように、第2引用例記載の技術は、溶融押出成形によつてEVAL層を含む積層フイルムを作るための技術であつて、右のようなEVAL層を含むフイルムの溶融押出しが知られていても、そのことは、EVAL層とPP層とからなる積層体パリソンの延伸ブロー成形によつて特にEVALの延伸ブロー成形が可能になることについて何ら示唆するものではない。なお、第2引用例には、前記溶融押出成形によるEVALフイルムの熱処理に当たつて、横方向又は縦方向に延伸して方向性を除去できる旨一言されているが、これは、方向性除去、すなわち、フイルムの進行中に生じるしわを伸ばすための伸長操作にすぎず、本来の延伸成形ではない。なお、被告の挙示する乙第8号証ないし第10号証は、いずれもシートの延伸に関するものにすぎず、EVALの延伸ブロー成形可能性が周知の知見ないし慣用方法であつたことを示すものではなく(かえつて、EVALの延伸困難性を示す証拠として、乙第2号証があり、EVALの延伸フイルムですら極めて最近ようやく市場に出たにすぎない。)、しかも、乙第8号証ないし第10号証は、本件審決において引用されなかつた新たな証拠であるから、右乙号各証に基づいてEVALの延伸ブロー成形が可能であつたとする被告の主張は理由がない。
2 本件審決は、本願発明の要旨について、EVAL層を延伸ブロー成形する場合にみならず、溶融ブロー成形する場合をも含むものと認定したものであるとすれば、本願発明の要旨は、前述のとおり、EVAL層を含む全層延伸ブロー成形であると解すべきであるのに、その認定を誤つたものというべきであるから、違法として取り消されるべきである。
3 本件審決が、本願発明の要旨について、EVAL層を延伸成形する場合だけではなく、溶融する場合をも含む旨認定したものであり、この認定が肯認できるものであるとしても、本願発明は第1引用例及び第2引用例記載の技術事項から想到容易であるとした本件審決には、その推論を誤った違法がある。すなわち、第1引用例は、前述のとおり、融点の高い各種樹脂からなる外層に融点の低い樹脂からなる内層を配して、両者の融点の中間の温度に加熱し、内層を溶融し外層を均一に延伸成形する技術を開示しているけれども、本願発明のように、EVALを内外中間のいずれの層としても適宜用い得ることについては何ら示唆していない。そして、EVALは、本件審決の認定のとおり、耐酸素透過性に優れた樹脂であることが知られているが、第2引用例は、EVALとPPとの積層体フイルム及びEVALを押出成形によつて平地なフイルム状にして積層する方法を示しているにすぎず、このような方法においては、溶融粘度がPPに比して著しく低いEVAL(甲第18号証の1)も、ドローダウンの問題を生ぜずにフイルムに成形できることは当然であるが、そうであるからといつて、このEVALをPPとの積層パリソンに成形して急冷し加熱して、延伸ブロー成形法により積層容器を作ることまで類推可能とすることはできない。このように、第1引用例及び第2引用例記載の技術事項を合わせても、PPとEVALとの積層パリソンにはならず、このパリソンを延伸ブロー成形する思想が生ずるものではないから、これに反する本件審決の認定は、証拠の総合判断を誤つたものというべきである。
第3被告の答弁
被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。
1 請求の原因1ないし3の事実は、認める。
2 同4の主張は、争う。本件審決の認定判断は、正当であり、原告主張のような違法の点はない。
1 本願発明の要旨について
原告は、本願発明は、EVAL層を含む全層延伸ブロー成形することを要旨とするものである旨主張(前記第2の4 1及び2)するが、本願発明の明細書の特許請求の範囲の項の記載によれば、本願発明は、成形温度を140℃ないし170℃とするものであるところ、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項の記載によれば、本願発明において使用されるEVALは、ビニルアルコール含有率が30モル%ないし70モル%であつて、120℃ないし182℃に融点を有するものあるいはけん化度によつては、更に低い融点を有するものであり、また、前記成形温度の140℃ないし170℃は、PPを延伸させる温度条件である旨記載されているのであるから、本願発明は、EVAL層を溶融成形するものをも包含すると解すべきである。このように、本願発明は、EVAL層が延伸されるものに限定していない。原告は、本願発明は、PP層及びEVAL層の両者を延伸するものであり、本件審決もその旨認定しているように解される旨主張するが、本願発明は、前述のとおり、EVAL層を溶融成形するものをも包含するものと解すべきであり、また、一般に、結晶性合成樹脂の成形温度については、融点以上で溶融成形が可能である温度範囲と第2次転移点又は軟化点以上融点以下の温度で延伸成形が可能である温度範囲とがあることは、普通に知られていることであつて、単に成形可能温度といえば、右の両者が含まれるものであるから、本件審決において、140℃ないし170℃の間に融点を有するか、若しくは軟化点以上の成形可能温度を有する樹脂を用いなければならないことは、当業者として普通に予測できることである旨認定判断しているのは、140℃ないし170℃の間に融点以上の溶融成形が可能な成形温度を有するか、若しくは軟化点以上融点以下の延伸成形が可能な成形温度を有する樹脂を用いなければならないことは、当業者として普通に予測できることであるとの趣旨であつて、成形可能温度という語を溶融成形及び延伸成形の可能な温度の意味に用いていることは明白であり、本件審決も、本願発明はEVAL層を溶融成形する場合をも包含する旨認定判断しているのである。また、原告は、融点の測定値に関連して、本願発明の明細書にEVALのビニルアルコール含有率が30モル%ないし70モル%と記載されているだけの理由によつて、本願発明の要旨が被告の主張のとおりであると解すべき理由はない旨主張するが、乙第5号証によると、本願発明において用いられるEVALは、融点が110℃ないし182℃であると認められ、また、DTAにおいては、吸熱ピーク点が融点として採用されることがあるところ、それが融点の目安であるにすぎないとしても、成形技術として延伸成形か溶融成形かを論ずる場合には、DTAの測定値をもつて融点とみることに何ら不都合はなく、更に、甲第14号証の実験結果は、特定のEVALについての特定の測定装置による測定結果であり、測定精度についても問題があるが、その点はさておいても、乙第1号証、第5号証及び第7号証に示された融点を有するEVALが存することを否定する証拠たり得ないものである。更にまた、原告は、本願発明の実施例はすべてEVAL層をも延伸するブロー成形方法であることをその要旨認定の根拠として主張するが、実施例は、昭和55年8月14日付手続補正書によつて追加されたものであるところ、右補正の際に、EVAL層が延伸成形に限られる旨の補正をしていないのであるから、延伸成形の実施例があるからといつて本願発明の要旨をEVAL層を延伸する場合のみに限定して解することはできない。したがつて、本願発明がEVAL層を含む全層延伸ブロー成形であることを前提とする原告の本願発明の要旨に関する主張及び同主張を前提とする進歩性に関する主張は、理由がない。
2 本願発明の進歩性について
原告は、本願発明の要旨が被告の主張するとおりであるとしても、本願発明をもつて第1引用例及び第2引用例記載の技術事項から容易に想到し得るものであるとはいい得ない旨主張するが、本願発明の要点は、PPの延伸層に耐ガス透過性に優れたEVALを積層するようブロー成形するというものであるのに対し、第1引用例には、多層コールドパリソンとして、外層にPP、内層に高密度ポリエチレンを積層したものを用い、PPを延伸し、ポリエチレンを溶融成形するように加熱し、ブロー成形する方法が記載されており、素材に限つていうと、本願発明は、第1引用例記載の方法においてポリエチレンに代えEVALを採用しただけのものであるところ、PPにEVALを積層することは、第2引用例に記載されているように、積層フイルムにおいて公知であり、また、ブロー成形において、積層フイルムと同様に、複数の素材ポリマーを積層し、それぞれの素材を組み合わせることは、本願発明の特許出願の日前より周知であり、更に、フイルムにおける素材ポリマーをブロー成形品その他の成形用素材ポリマーとして採用することは、普通に実施されていることであるから、多層ブロー成形の素材ポリマーとして、PPとEVALとを採用し、積層するようにすることは、当業者として容易に推考し得ることであるというほかはなく、更にまた、延伸ブロー成形において、溶融パリソンを急冷し、該パリソンを両加熱してブロー成形することは周知であり、成形温度は、素材ポリマーの組合せに応じて適宜に選定できることであるから、PP延伸層とEVALとの積層ブロー成形は、当業者にとつては容易に実施できることである。なお、素材ポリマーの組合せについて、第1引用例記載の方法は、低融点ポリマーを内層にして溶融成形するようにしているが、これは、加温流体の吹込みに当たつて内層が溶融成形されることによつて内層の素材ポリマーの各部分が一様に膨張され、外層にも吹込圧が均一に伝達されるようにしたものであるところ、本願発明においては、内外層の延伸、素材ポリマーの組合せについて何ら限定していないから、内層にPPよりも低融点のEVALを採用し、溶融成形するようにした場合は、第1引用例記載の方法と同一となるのであり、したがつて、本件審決がこの点を相違点として取り上げ検討しなかつたとしても、違法ではない。
3 原告のその余の主張について
(1) 原告は、本願発明の進歩性に関して、本願発明は、PP層とEVAL層とを組み合わせて積層パリソンにすると、延伸至難であるEVAL層の延伸が可能であることを明らかにしたものである旨主張するが、そのようなことは、本願発明の明細書には何ら記載されていないし、それを示唆する記載もなく、また、本願発明の特許出願当時の技術常識からみても、PPとEVALとの組合せが延伸ブロー成形のために特別の技術的意義があるとは考えることができない。
(2) 原告は、本願発明の進歩性に関して、第2引用例には、溶融押出成形によるEVALフイルムの熱処理に当たつて、横方向又は縦方向に延伸して方向性を除去できる旨一言されているが、これは、方向性除去、すなわち、フイルムの進行中に生じるしわ伸ばすための伸長操作にすぎず、本来の延伸成形ではない旨主張するが、第2引用例には、「熱処理時にフイルムを横方向あるいは縦方向に延伸することによつてフイルムの方向性を除去することができる。」(甲第4号証の第4頁第7欄第3行ないし第5行)旨記載されており、右記載中の「延伸」が結晶配向を伴う正確な意味での延伸であるか否かは、フイルムを引き延ばすときの温度をみれば直ぐ分かるところ、第2引用例記載の方法における熱処理温度は、EVALのエチレン含有率(モル%)をxとすると、139.3-0.727x℃ないし221.7-1.59x℃の範囲内の温度であり、これを計算すると、ビニルアルコール含有率が30モル%ないし70モル%の場合の熱処理温度は、88.9℃ないし174.0℃であつて、EVALの融点については、第2引用例には何ら記載されていないとしても、比較的低い値となつている乙第1号証記載のEVALの融点をそのまま採用し比較しても、融点より相当低い温度で熱処理していることとなり、けん化度を低くみて更に融点が低下したものであるとしても、フイルムの引延しを行う場合には、延伸される場合があることは明白であり、また、PPとEVALとを共押出しラミネートするときは、積層フイルムを熱処理することになる(甲第4号証の第2頁第4欄第39行ないし第41行)から、第2引用例は、PP層及びEVAL層の両者を延伸成形することをも開示しているのである。なお、この点について附言すると、結晶性ポリマーの延伸成形は、そのポリマーのガラス転移点から融点までの間の温度によつて行われるが、ポリマーの成形特性によつて適当な温度範囲が決められるところ、延伸適温は、フイルムの延伸成形でも、延伸ブロー成形でも変わらないものであつて、フイルムの延伸成形における成形温度を延伸ブロー成形に適用することは、普通に実施されていることであるから、第2引用例に示された温度範囲をPPとEVALのブロー成形に適用しようとすることは、当業者にとって容易に想到し得るところである。
(3) 原告は、本願発明の進歩性に関して、乙第8号証ないし第10号証に基づいてEVALの延伸ブロー成形が可能であつた旨主張することは許されない旨主張するが、乙第8号証ないし第10号証は、本願発明の特許出願当時の技術水準を示すものであつて、当時EVALの延伸が当業者にとつて至難でなかつたことを立証するものであり、特に、乙第10号証は、素材ポリマーとしてEVALを用い、真空成形法により立体容器を製造する方法が記載されており、真空成形は素材の延伸を伴うものであるから、EVALを素材とした立体成形品の延伸成形が可能であることを示しているところ、ブロー成形も真空成形も従来より周知であり、正圧と負圧の相違はあつても、流体圧を利用する成形方法であつて、真空成形が可能であれば、その成形温度を採用して延伸ブロー成形が可能であるということは、当業者にとつては自明に近いことであり、したがつて、EVAL層の延伸及びその成形温度の選定は、本願発明の特許出願当時の技術水準からみて、当業者にとつて容易に実施できるものというほかはない。
第4証拠関係
本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
(争いのない事実)
1 本件に関する特許庁おける手続の経緯、本願発明の特許請求の範囲の記載及び本件審決理由の要点が原告の主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
2 本件審決は、次に説示するとおり、本願発明の要旨の認定を誤つた結果、本願発明をもつて第1引用例及び第2引用例記載の発明から容易に発明をすることができたものとの誤つた結論を導いたものであるから、違法として取り消しを免れない。
前記本願発明の特許請求の範囲の記載並びに成立に争いのない甲第2号証の1、同号証の2のイ、ロ及び同号証の3(本願発明の特許出願の願書、明細書及び図面並びに昭和55年8月14日付手続補正書)を総合すると、(1)本願発明は、透明で、通気性及び透湿性が低く、焼却しても有害気体が発生しない容器をブロー成形により製造する方法に係るものであること、(2)ブロー成形によつて得られる周知の透明容器のうち、無可塑性塩化ビニルや塩化ビニリデンの容器は、透明性、酸素及び水蒸気透過性のバリヤーとして優れた材料であるが、焼却処理の際に塩化水素ガス等が発生するという望ましくない性質を有し、また、ポリカーボネートやナイロン等の容器は、透明ではあるが、水蒸気及び酸素透過性が大であるとか、強度が劣る等の欠点があり、特に、単品材料では、食品、薬品及び化粧品等に適当な高性能容器を得ることができないところから、ブロー成形によつて多層積層成形する方法が採られてきたこと、(3)本願発明は、このような多層式ブロー成形法を利用して透明容器を製造する方法に関するものであつて、多層プラスチツク材料の組成をPPとEVALの積層とした多層成形品として、透明、防湿及び低い酸素透過性を有し、更に、焼却時の発生ガスで大気を汚染することのない容器の提供を目的として、特許請求の範囲の記載のとおり、既知の多層押出法によつてPP層及びEVAL層を含む多層パリソンを形成し、この多層パリソンの温度をPPの二次転移温度以上融点温度以下の温度条件で140℃ないし170℃の温度に調節し、このパリソンの一端を密封し、このように一端で密封されたパリソンをその軸方向に機械的に延伸し、かつ、この延伸されたパリソン内に正圧の流体を吹き込むことによつてブロー成形するという構成を採用したものであること、(4)本願発明の多層パリソンは、PP層とEVAL層により形成されることが重要であり、PP層は水蒸気透過のバリヤーとして、また、EVAL層は酸素透過のバリヤーとしてそれぞれ機能するものであるところ、本願発明が右の構成を採用したのは、水蒸気透過バリヤー性を有するポリエチレン等の他のポリオレフイン樹脂層とEVAL層よりなる多層パリソンの場合には、ポリエチレン等の二軸延伸吹込成形可能と考えられる温度における二軸延伸吹込成形時に不均一膨張のものしか得られず、条件によつては破断等のトラブルを生じて、事実上多層二軸延伸吹込成形が不可能となるからであること、(5)図面の第2図(別紙図面参照)にみられるような、PP層とEVAL層よりなる二層構造の壁をもつ本願発明の容器においては、PP層とEVAL層のいずれを内層とし外層とすることもできること、(6)本願発明に用いるEVALは、ビニルアルコール含有率が30モル%ないし70モル%のもの、特に気体(酸素)透過バリヤー性が要求される場合には、50モル%ないし70モル%程度のものが望ましいこと、(7)積層パリソンを通常のブロー成形法で直接ブロー成形すれば、積層プラスチック容器が得られるが、本願発明では、更に、該パリソンを成形前及び成形時に二軸配向させることにより、透明かつ強度の強い容器を得るものであること、(8)本願発明のパリソンは、PPの二次転移温度以上融点温度以下の140℃ないし170℃の温度条件に調節するものであるところ、その理由は、調節温度が140℃より低い場合には、延伸吹込成形の際にPP層の延伸抵抗が強く、かつ、EVAL層が破断して、満足な製品を得ることができず、一方、170℃より高い場合には、溶融状態での成形となるため、延伸吹込成形による分子配向の効果、すなわち透明性が実現されなくなるからであること、(9)本願発明の方法によれば、パリソンは、その軸方向に機械的に延伸されるとともに、ブロー成形によつて横方向に延伸され、かくして、二軸に配向されたPP層とEVAL層との積層体よりなる透明容器が得られ、それに沿う実施例が示されていること、(10)本願発明は、その構成により、前示の目的を達し、所期の効果を奏し得たものであること、以上の事実を認めることができ、右事実によれば、本願発明は、PP層及びEVAL層を含む多層パリソンから容器を成形するに際し、PP層及びEVAL層を含む全層を二軸延伸し、配向させる構成を採用し、これにより、所期の目的を達成したものであつて、容器の成形に際しEVALが溶融し、延伸しない場合を含まないものと解するのが相当である。この点に関し、被告は、本願発明は、成形温度を140℃ないし170℃とするものであるところ、本願発明において使用されるEVALはビニルアルコール含有率が30モル%ないし70モル%であつて、120℃ないし182℃に融点を有するものであるから、本願発明は、EVAL層を溶融成形する場合をも包含し、EVAL層が延伸される場合に限定していない旨主張する。しかし、前認定のとおり、本願発明においては、EVAL層が酸素透過バリヤーとしての機能を有するところから、その目的とする酸素透過バリヤー性を附与するためにEVAL層を設ける構成を採用したものであること、並びに本願発明の明細書及び図面(前掲甲第2号証の2のイ、ロ及び同号証の3)からは、容器成形時にEVALを溶融状態にし、延伸しないことをうかがわせるような何らの記載も認め得られない事実を総合勘案すると、前記被告主張のEVALのビニルアルコール含有率に関する明細書の記載は、酸素透過バリヤー性の観点からビニルアルコール含有率が30モル%ないし70モル%程度のものが望ましいとしたにすぎないものと認めるを相当し、仮に、ビニルアルコール含有率が30モル%ないし70モル%のEVALは、融点が120℃ないし182℃であつて、その中には、140℃ないし170℃の成形温度で溶融状態になるものがあるとしても、そのことから直ちに本願発明がEVAL層を溶融成形する場合をも含むものとすることはできず、他に前段認定説示を覆すに足りる証拠はない。したがつて、被告の右主張は、採用することができない。
そこで、次に、本願発明の要旨に関する本件審決の認定について検討するに、前記本件審決理由の要点によると、本件審決は、本願発明の要旨は特許請求の範囲の記載のとおりであるとしながらも、本願発明と第1引用例記載の発明とを比較して、PP層と積層する樹脂及び成形温度値について、第1引用例記載の方法では、特に特定していないのに対して、本願発明では、EVALを積層し、140℃ないし170℃に加熱するよう限定している点で相違している旨認定したうえ、右相違点について、PPに積層すべき熱可塑性樹脂として、140℃ないし170℃の間に融点を有するか、若しくは軟化点以上の成形可能温度を有する樹脂を用いなければならないことは、当業者として普通に予測できることである旨判断しているところであつて、右認定判断によると、PP層に積層すべきEVAL層には、140℃ないし170℃の間に融点を有するもの、つまり、右の温度で溶融状態になるものが含まれていることを前提としているものと認められ、更に、本件審決は、右のとおり、140℃ないし170℃の温度範囲について、その間に融点又は軟化点を有する樹脂を成形するものとして、成形可能温度という語で指称しているところ、前記認定判断に続いて、140℃ないし170℃の間に成形可能温度を有するEVALは普通に知られている旨認定し、本願発明に用いるEVALには、右の温度範囲に融点を有するものも含まれることを前提とする判断を示しているものと認められるから、本件審決は、本願発明はEVAL層を溶融成形する場合をも包含し、EVAL層が延伸される場合に限定していないものと認定していると解さざるを得ない。
以上によれば、本件審決は、本願発明の要旨の認定を誤つたものというべく、右の誤つた本願発明の要旨を前提として、本願発明と第1引用例及び第2引用例記載の発明とを対比し、本願発明をもつて右の引用記載の発明から容易に発明をすることができたものとの誤つた結論を導いたものであり、この点において違法として取り消されるべきである。
(結語)
3 よつて、原告の本訴請求はその余の点について検討を加えるまでもなく、理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(武居二郎 高山晨 清永利亮)
<以下省略>